スペイン

2019年7月 2日 (火)

2019年 7/2 バルセロナ 

・ブルゴスからバルセロナへ

ブルゴスの駅

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駅の自販機

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この旅で食べた中で一番……うーんな味のお食事

途中、ログローニョの手前で人身事故があり、1時間55分の遅延。

2時間ならお金が戻ってきたのに😅

心身ともに疲れた中で食べたので、何とか最後まで食べられた感じ🥪

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バルセロナの宿。ホテルではなく、オスタルです。

電車の駅の近く、サグラダファミリアまで地下鉄一本、空港バス乗り場近く、

エアコン付、予算内……内装・設備はともかく、条件にとてもあっていて、

さらにスタッフの人もフレンドリーで居心地のいい場所でした。

 

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安ホテル特有のシャワーブース。

フロントのお兄さんに、東京と京都と大阪の違いについて説明を求められ、

ちょっと違いますけど、

東京はマドリード、京都はグラナダやコルドバ、大阪はバルセロナやセビリャみたいな感じと言っておきました

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 SDカードが切れてしまって、親切に相談に乗ってくれて、使えるものを探してくれたお二人。

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サグラダファミリア

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前の公園から

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前の公園から。熱波到来で暑かったです

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入り口側のステンドグラス

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中央

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天井

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中央

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中央

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奥の方

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出口前のステンドグラス

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出口側のステンドグラス

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出口から入り口方向を見た感じ

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ここからはGoProで撮った内部

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GoProはここまで。

街中の公園⤵️

 

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カテドラル

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海の聖母教会

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海の聖母教会

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バルセロナでお気に入りのレストラン

場所もよし。味もよし。お値段まあまあ。

ご興味のある方はこちらから → レストラン

 

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バルセロナ在住のお友達とシェアしました。

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チーズおいしい✨

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外に聖母教会✨ このあと、ライトアップされてとても綺麗でした

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夜のバルセロナ

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カフェをはしご。こちらは一軒め

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駅から帰ろうとして、最終がないことに気づく……😅

楽しすぎて……。

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地下鉄もなく……仕方なくタクシーで。タクシーも捕まえるまで大変でした

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2016年6月18日 (土)

2016年5月6月旅した場所

5月 スペイン

 

マドリード、サラマンカ、レデスマ

 

 

6月 アイルランド

 

ダブリン、リムリック、ボンラッティ、ゴールウェイ、アラン諸島、ドネゴール

 

 

6月 スペイン

 

マドリード、バルセロナ、アロー

 

 

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2015年4月25日 (土)

セビーリャから郊外へ

次の新刊「Esperanza~名もなき神の子~」の舞台は、Sevillaが舞台なので、昨年の旅行の時の写真を少々。

 

そのときの闘牛の様子はこちらから→ 春祭の闘牛

 

町中ではなく、郊外やちょっとした場所を。

 

 

 

■ジャカランダの紫の花↓

 

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■聖週間の絵↓

 

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■セビーリャ市内

 

 

 

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■マカレナの聖母が街角にも↓

 

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■セビーリャの闘牛場マエストランサ。外から↓

 

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■郊外にて。ジャカランダ↓
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■郊外にあった陶器屋さんの庭↓
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■有名闘牛士モランテの故郷。モランテ村↓
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■友達の犬トポ↓
セレブマダムが育てていたのですが、自分には合わないからと捨ててしまい、空港の近くで健気にオレンジの皮と自分の糞だけを食べてがりがりに痩せていたところを友人が保護しました。マダムがいらないと言ったので、友人がそのまま育てています。

 

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■アンダルシアから見た大西洋。トラファルガーの海
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■アンダルシア郊外の邸宅。攻の家もこんなイメージ。

 

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■アンダルシア南西部の海↓

 

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■アンダルシアの家の門。攻の家もこんな感じかな……↓

 

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■大西洋を丘の上から↓

 

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■アンダルシアの空↓

 

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■アンダルシアの海・大西洋↓誰もいない砂浜に私たちと犬の足跡だけ
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■アンダルシアの空。小さくお月様が。
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2014年7月21日 (月)

ロンダの空と風景

日本人会の人たちのいろいろ理不尽な対応にびっくりして、ボランティア会場を出たあと、三日間時間があったので、行きたかったところをまわってきました。

 

一日目はロンダ。

 

会場を出たおかげで、手に入れた景色です。

 

こちらには、書道家のお二人ともご一緒しました。

 

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2014年6月20日 (金)

ボランティアに行ったものの……

フエンヒローラのフェリアの日本館で、ボランティアとして手伝うことになり、お手伝いに行ったのですが、そこでびっくりするような目に合って路頭に迷いかけました。

 

 

 

そのときの様子は下記に詳しく記しています。

 

http://matador.way-nifty.com/viaje/2014/05/post-8bf6.html

 

 

 

そういえば、テレビで都議会のヤジのニュースを見て、ふと思いだしたのですが、この会場でも、

 

日本館のフェリアの会長をしている六十代くらいの男性から、思い切り女性蔑視の発言を受けました。

 

5月2日に書いた件で、私に出て行けと言って、さらにお金をとった人は確かに女性です。

その方の発言がおかしい、完全に私は冤罪だということをその会長に伝え、会長の方から何とかそういう誤解をといてほしいとお願いしたところ、会長、こともあろうに「女性同士の争いは怖いね。女の争いには、ぼく、ついていけないよ」と発言しました。

 

「あの……女性同士の争いではなく、ただ単に私が冤罪なだけなんですけど。証拠も証人もいますけど」と伝えているのに、

 

 

 

「ああ。いやだいやだ、女同士の争いは」と発言するだけ。

 

 

 

頭のなかでそんなふうにとらえている相手には、なにを言っても無駄だなと思ったときのことを……あの都議会のヤジのニュースを見て、ふと思いだしました。

 

別に内容は全く違うんですけど……ね。


それはともかく、そのとき、私からお金をとり、追い出した女性は、まさか私が本当に出ていくと思っていなかったらしく、翌日、私が謝ると思っていたみたいでした。

 

 

 

謝るもなにも、別になにひとつ悪いひとをしていないので謝る必要はないのですが、

 

ホテルからも出て行け、と言ったら、路頭に迷うだろうし、そうなったら、謝るだろうと思っていたみたいです。

 

実際、腑に落ちなくても、冤罪でも、たとえば予想外にお金をとられることになっても、行く場をなくしてしまうので、謝ったり、我慢したり、仕方ないとあきらめた方もいらしたみたいで。

 

私は、たとえ、その日、泊まるところがなかったとしても、冤罪に対して謝る気はありませんでしたし、お金をとられた上に、脅されて、謝って……なんて、絶対にしたくなかったので、出て行きましたが。

 

私が出て行ったあとの彼女のことは5月2日のブログにも書いていますが、そのことも、あとになって聞き、ひっくりしました。

 

その後、「あの子からお金をとってやったからそれでよかったけど」みたいな発言をしていたみたいですよ。……これもひどいものですね。

でも、私を引き留めなかったとして、八十歳のおばあさん(のちに、セビーリャの病院に行くときにお世話になった方)が、その後、担当していた折り紙用のデスクを奪われ、厨房のお皿洗いにまわされ、他のスタッフの方々からけっこうひどい扱いを受けたと聞き、それもびっくりしました。

マラガ市から正式に頼まれ、日本文化担当として折り紙と和紙人形を教えるというコーナーを担当していた方なのに。
しかも折り紙も注文していた分を、女性の他のスタッフが全部届かないようにしていたらしく、ずいぶん苦労されていたと知り、このフエンヒローラのフェリアというのは、一体、何なんなのだろう、と腹立たしくなることばかりでした。

 

 

 

書道家の人たちも荷物の件で、ずいぶんひどい目に合われましたが、それ以外にも、日展で一位や入賞したりする方々の書を、バナナのたたき売りのように6ユーロでオークションにかけたりして、彼らも、日本の書道連盟かなにか、所属している団体の方々にとても報告できない、せめて雅号を書かないようにしようとしておられたみたいですが。

 

とにかく驚きの連続でした。

 

 

 

新聞とかでもたまにボランティアを募集していますが、フエンヒローラのフェリアにボランティアで行く方は、どうかお気を付けてくださいね。
私も書道家の人も友人関係の誘いで行ったので、何とも言えないのですが。

それでも書道家の人と、それから八十歳のおばあさまとは、このボランティアに参加しなければ出会うことがなかったので、

 

みんなで、この出会いには感謝しよう、出会いを大切にしよう、無駄に争ったり怒ったりするのはやめよう、出会えたことをよかったと思おうと言い合って、その後も、親しく交流しています。

 

素敵な人たちとの出会いには感謝して。

 

■フェリアの日本館。書道の人の字も↓

 

 

 

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■八十歳のおばあさまから、熱心に折り紙を教わっているスペイン人の少年

 

 

 

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そういえば、帰国してから、私に出ていけと行った女性からメールがきました。

書道家の人の荷物のせいでバタバタしていたとか、

 

私が疲れているようだったので打ち合わせができなかったとか

 

だから行き違いがあってごめんなさいみたいなメールでしたが……

 

 

 

 

 

……書道家の人の荷物の件は、主催者側がちゃんと対応しなかったから発生した事態で、

 

私が疲れていたどうのというのも…そんなの、マドリードからマラガまで荷物をもって移動したら、多少なりとも疲れているので当たり前のことじゃないのかな……とか、

 

 

 

まあ、とにかく、あとからは何とでも言えるのですよね。

 

 

 

それでも、主催者側がきちんとスペイン語の書類が読めなかったために関税手続きができなかったせいで発生したトラブルで、結果的に、書道家の人に何万という被害を与えてしまった事実と、私に濡れ衣を着せてホテルから追い出し、さらにはお金をとって、私もいろいろと損害が出てしまった事実は、どんなに言い訳をしても変わらない真実なので、今さらメールを頂いても……て、感じですよね。

仲介した友人の知り合いは、旅行中のトラブルとして保険を請求したらどうかと二人に提案してきましたが、

 

書道家の人も私も、このトラブルは、旅行云々のトラブルとは関係なく、個人的な問題なので保険の請求をするのはおかしいのではないかということで、なにも申請しませんでした。それぞれ、別々に言われたのですが、なにも打ち合わせしないで同じ返答をしていたというのも、何となく物事の考え方や価値観が同じ感じで嬉しくなりました。

 

本当に出会いにこそ感謝です。

 

 

 

*追記*

 

本当は、5月2日のブログも含めて、こんなことを赤裸々に書くのはどうかなという気持ちもあったのですが、私だけではなく、書道家の人も損害があり、八十のおぱあさまも迷惑をこうむり、他にもお金を予想外に払うはめのになったボランティアの人がいたこともあって、こういうことが起きたという事実はきちんと記しておいたほうがいいと思って、旅の記録のひとつとして記しました。

 

今後、同じような目にあうひとがいないことを祈って。

今後の被害がなくなるようにするには、こんなところに書くよりも、本当は、某省庁に何人か知り合いもいるので(担当の国はスペインではないのですが)、こういうことがあったということだけは伝えておいたほうがいいのかな……と思ったりもしています。

 

まだ帰国したばかりなので、この件についてどうすべきか、もう少し冷静になってから改めて考えてみようとは思っています。

 

 

 

 

 

 

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2014年6月17日 (火)

風邪に苦しんだバルセロナ

バルセロナ、三泊もしたのに、高熱と咳と倦怠感に苦しむことになり、ほぼB&B内のベッドで過ごすことになってしまいました。

B&Bに共同キッチンがあって、そのキッチンの真横の部屋だったので、お湯をあたためて、日本から持参した暖かいお味噌汁やお茶を飲むことができたのが救いでした。

 

ということで、サグラダ・ファミリアには行けず……。まあ、1999年に一度行っているのですが。

 

 

 

風邪で朦朧としていたので、写真も若干テンションが低かったり、何でこんなの撮ってるんだろうという、謎写真も多いのですが、それも、まあ、おもしろい経験として下記にいろいろ並べてみました。

 

 

 

■カテドラル内部

 

B&Bからカテドラルがすぐ近くだったので、このあたりは毎日うろうろしていました。
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■美人な聖母さま

 

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■ここ好き……マレ美術館
マレ美術館もすぐ近くにありました。これぞバルセロナという感じではないんですが、地味に好きです。
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■マレ美術館の入り口

 

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■何でこんなの撮ってたのかな。多分、光と影の感じが気に入ったんだと……

 

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■カテドラルの前にいた民族衣装の美少女。お隣のおじさん(お父さんなのかな)にすごく大事そうにされていたのが印象的でした。

 

 

 

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■カテドラル
B&Bを出て、前の通りを2分ほど行くとここに。

 

 

 

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■ピカソ美術館から見あげた空。
ピカソ美術館もわりと近かったので寄ってみました。マラガのよりもマルセイユのよりも充実していました。ピカソ版「ラス・メニーナス」(ベラスケスのパロディ?)がすごく印象的でした。

 

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■ダリ発見
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■私にとっての、バルセロナの色彩のイメージ
他のスペインとは違って、このちょっと淡い感じの路地の雰囲気が私にとっては、これぞバルセロナといった色彩のイメージです。

 

 

 

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■オレンジ……
他の地域よりも食べ物はおいしくて上品でしたが、チキンにオレンジマーマレードもどきがのっていたのには……ええっと……となりました。人参だと思って、食べた瞬間、甘くて、「えっ」と固まってしまいました。チキンはすごくすごくおいしかったのですよ……でも……

 

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バルセロナでは、原稿を書きながら観光を……ともくろんでいましたが、風邪で予定の三分の一も原稿が進まず、もちろん観光も殆どできず。

た反対に、B&Bのまわりを毎日散策できてよかったのかも、と思っています。がっつり観光するよりも、ちょっとした所を歩くほうが性に合っている気もするので。

「バルセロナだから、サグラダファミリアとガウディは必見」という、何となくステレオタイプの
観光をしなかったのも自分らしいのかな……。

個人的には、以前、テレビのNHK音楽紀行か何かで見たときから、バルセロナの、あの淡い色彩の路地にとても惹かれていたので、そうしたところを歩けたのは幸せでした。他にはない、バルセロナ特有の色彩という感じで。同じような色彩だとクロアチアがそんな感じだった記憶があります。

 

 

 








 







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2014年6月16日 (月)

旅の始まりはバレンシア

今さらですが、少しずつ旅を振り返っていきます。

 

 

 

 


4月22日スペインのバレンシア着。その日は小さなB&Bに一泊し、翌朝、友人宅へ。


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↑友人の部屋の壁。闘牛士だった祖父のものです

 

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↑バレンシアの地下鉄駅。綺麗でモダン。使いやすくて便利です。



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↑地下鉄アラメダ駅から河沿いに広がる公園




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↑友人の子供の頃。このあと1990年代後半を代表するマタドールとして活躍します。当時は常にトップテン内にランクインしていました。2002年頃から怪我が続き、2009年に引退することになりましたが、歴史に名前の残る闘牛士のひとりではあります。
多分、闘牛界一の高学歴。スタンダードでクラシックスタイルのマタドールでした。

 

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↑マタドールの実家の部屋。バレンシア市内はマンションなのもあり、内装等はわりとシンプルです。郊外のプール付邸宅は、その分、とても立派でゴージャスです。8月にスペインに行くことがあったら、私もそこに行きます。
このときは、彼はメキシコに出張していたので、マタドール部屋、私が使わせて頂きました。
6月ノベルズ、コミック、7月文庫等のゲラチェックは、マタドールくんの勉強机を借りてやらせて頂きました。感謝ですv

 

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↑マタドールの弟くんにジョギングを誘われたコース。足が痛かったので断って、私は散歩に。

 

 

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2014年5月 7日 (水)

九死に一生を得た気分

またまたハプニングですみません。美しい写真の整理、マドリードでえすとさんと合流したら、少しおちつくのでその時にでも。

 

 

 

ハプニングといえば、Twitterでも書きましたが、生まれて初めて患者として海外の病院に行きました。

 

行ったのは眼科。

 

5月6日、前述のイベントで知りあったM田さんという80歳のおばあさまからお電話があり、お会いすることになりました。

 

 

 

お土産にセビーリャで一番おいしいというチョコレートケーキを用意してくださり(スペインで食べた唯一のおいしいケーキかも)、闘牛場近くの川沿いのカフェでおしゃべり。

 

ところが、その日は乾燥がひどくて、川からの風にコンタクトレンズが乾いてしまって、目がかすんできて、レンズをとろうとしたとき、うまくとれなくて、目の中でレンズが破けてしまいました。

 

白目に傷ができ、目は痛む。時間は午後8時半、町は春祭り中。こんなとき、どうしたらいいのかわからず呆然としている私に、M田さん、「ねえ、あなた、パスポート持ってる? 保険は?」とシャキシャキした声で問いかけてきました。

 

「パスポートならここに。保険はクレジットカードについています」と言うと、「私の家の裏に、マカレナ救急病院があるの。そこならきっと眼科があるわ。今から行きましょう」とタクシーを捕まえ、病院へ。

 

タクシーの運転手にも、こうした場合は、どうすべきか、マカレナ病院に眼科があるのかどうか等、質問してくれ、運転手は「それなら総合受付センターに行かないと」と言って、総合受付センターへ。

 

いつもは一時間から数時間待ち、そのまま亡くなる人もいるという、悪名高い受付センター。その日にかぎって人が少なく、あれよあれよというまに、受付も総合待合室での待機も終わり、専門外来へ。

 

行く途中、看護師のお姉さんが「今日は特別空いているわ」と言ってましたが、その後、専門外来でもすぐに順番がきて、

 

イケメンの若い眼科医が目から破片をとってくれましたー。

 

その時刻、午後9時20分前。午後9時半に閉まる薬局にも間に合い、薬も手に入れて、事なきを得ました。

 

このときの爽快感。救われたような気持ち。
M田さんには、どれほど感謝してもしたりないです。

 

日本館での主催者の方は、最悪でしたが(あとで聞いたら、保険が適用されるとか)、M田さんと相部屋にしてくれたことには深い感謝の念をおぼえます。

 

イヤなことはありましたが、こんな素敵な出会いもあったので、私のなかで日本館で起きたことは、もうすっかり消えてしまって、今は感謝の気持ちしかありません。

 

M田さんには、「お礼にごちそうを」と言って、そのあと彼女行きつけのバルへ。申し訳ないからと三分の一ほど払ってくれ……このあとも仲良くしていくことを約束してお別れしました。

 

 

 

ちなみに、M田さんは、アラバマ大学を卒業した才媛で、バロック美術が好きでセビーリャに住まれるようになった方。

 

スペインバロックの話で、盛り上がったのが親しくなるきっかけでしたが、他にもいろんなセビーリャのお話を聞くことができ、大変素敵な出会いができました。

 

あ、あと、以前に日本のテレビで、セビーリャの近くのコリオ・デル・リオに住む日本人の子孫(日本という意味のハポン姓の人々がいる。仙台藩の使節団の子孫と言われている)を特集したとき、彼らを発掘し、コーディネートしたのが彼女です。

いろんな仕事を経て、今は、年金暮らしとか。外国人の子供に、華道と折り紙と和紙人形作りを文化活動のいっかんとして教えているそうです。
震災のときに、セビーリャのカテドラルであった追悼文の訳や読み上げもしたそうです。

 

 

 

Hos

 

 

 

 

うう、何回やっても横向きになってしまいますが、こちらが病院の待合室。

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マカレナ救急病院のマカレナは、こちらの聖母さまのいらっしゃるマカレナ教会のこと。
この聖母さまは、もうすぐ出版予定の闘牛士ものの、闘牛士の守護聖母という設定で、さらには、その闘牛士が怪我をしたときにマカレナ救急病院に行くので……知らないうちに、私、ちゃんと病院の取材もしていたことになりました(^^ゞ

 

 

 

■追記

 

コリオ・デル・リオのハポンさんのことですが、その後、セビーリャ在住の日本人の元闘牛士・下山敦弘さんの話によると、この街の人は、その後、取材で気をよくしてしまって、すっかり強欲になり、日本人を見かけると、「ガイドをしてあげる。ハポンの子孫なんだ」と言って、無理やり金をとろうとするトルコ人が出没するようになってしまったそうです。
行かれる方、どうかくれぐれもお気を付けて。


■追記2

M田さんともバロック美術愛から気がつけばラブラブになってしまった私ですが、下山さんとも互いの暑苦しい闘牛愛と闘牛への考え方に共鳴し合い、すっかりラブラブになってしまいました。※恋人のラブラブではなく、共鳴という意味で。
下山さんは、佐伯泰英氏の著者に登場する闘牛士で、闘牛中に負傷して引退。かなり期待されていたのもあり、闘牛関係のスペイン人がよく彼の話をします。私のPNをご存じの上で、さらに名前を出していいか確認した上でお名前を出しています。下山さんとのお話はまた改めて。

 

 

 

 

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2014年5月 2日 (金)

お祭りのお手伝い、その後――

お祭りの写真

 

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フェリア・デ・フ○○ヒ○ーラというお祭りのボランティア、一日二交代で、ホテル代が出るので五日間働いて欲しいとのことで、現地にむかいましたが、行ったら、いろいろ最初に聞いていたのと違ってびっくりすることだらけでした。

 

お祭りは、
「世界36カ国が集まった国際博覧会のようなもの」
「日本館は、日本とスペイン交流400周年ということで、いつもより規模を大きくしたいが、現地在住の日本人会は高年齢化で大変で、毎日参加できる人がいなくて人手が足りない」
「一日二交代制。午後2時くらいから8時くらいまでか、午後六時くらいから夜1時くらいのどちらか」
「毎日手伝ってくれるのならホテルはマラガ市が提供してくれる」

 

という話を、高校時代の友人から聞いて、ちょうどその時期にスペインに行くので、毎日六時間くらい×五日間ならお手伝いしますよ、と返事をしました。

 

 

 

というのも、日本館担当の現地在住の日本人の方々が、定年退職した方ばかりで、高齢化もあって、大変だという話を聞き、なにかお役に立てればという気持ちになったのでした。

 

が、スペインに着くと、お祭りの数日前に、主催者の一人Aさんから、いきなり「いいカメラをもっているのなら、写真係をして欲しい」と言われました。

 

「わかりました」と答えましたが、突然、現地で頼まれたので、彼らのお祭りの写真をとっても、それを保存するものを私は持っていませんでした。

 

お祭が始まるまで、他のボランティアの人のスーツケースがこなかったり、書道家のEMS便で送った荷物が税関で止まっていたりと始まるまではてんやわんや。

 

私も書道家の人の荷物の相談をされたり、風邪を引いたりで、あまり余裕がありませんでした。

 

で、1日目、参加したら、六時間どころか、朝の10時から夜半までの拘束、途中、バッテリーが足りなくなってホテルに戻ったり、お年寄りや子供のボランティアのメンバーをホテルに送ったりしていることで、会場を抜けだしていると、主催者のAさんは不機嫌な顔をしていたので、何となく、不穏な空気を感じていました。

 

でも他のメンバーがホテルに入るのの通訳をしたりとか、子供の世話をしたりとか……けっこう見えていないところで大変だったんですよ。

 

 

 

さらには、シングルを頼んでいたのに相部屋……というのは仕方ないとしても、

 

写真を撮ってと言われても、なにより保存するものがなかったので、とりあえず、午後二時までに行けばいいからそれまでに買おうと思って、近郊の大きな街に出かけたときでした。

 

いきなりAさんから電話。

 

「12時から開会式なのにどうして写真を撮りにこないの?」

 

私「開会式があるなんて聞いていませんでした。今、写真を保存するものを買いに来ているのですぐには行けません。2時にこいとおっしゃっていたので、2時には戻れます。代わりに○○さんがいいカメラをもっていたので、もし可能なら、今はその方にお願いできませんか」と答えました。

 

すると、
「ちゃんと仕事をしないのなら、ホテルを出て行ってもらうわよ」といきなり言われてびっくりしました。

 

私「仕事をしないのではなく、カメラに必要なものを買いにきているのです。カメラのカードに保存できるのも限度がありますし、私は、旅行用のモバイルをもってきているので、パソコンに保存するのも限度があります。保存する場所がなかったら、これ以上、撮影するのは無理です」

 

一応、そう答えましたが、

 

「あなたね、開会式にこいって行ったでしょう。早くきなさい。すぐにこられないのなら、ホテルを出ていきなさい」とAさんが言ってきて。

 

※ホテルはマラガ市が提供しているので、出て行けと言われても……。それに二言目にはすぐにホテルを出ていけ。

 

まあそれでも、ここは譲歩して、一応、会場までタクシーでかけつけると、

 

「あなたね、自分の壊れたものを私たちに請求するってどういうこと」といきなり怒られ、「あなたはこの祭りを利用した。もうあなたはいらない。出ていきなさい」と言われました。
で、その壊れたカメラの発想に思わずびっくりしてしまって、唖然としてしまいました。

 

さらには、
「あの子は、自分の壊れたカメラの修理をしに行ってて、その修理代を日本館に請求しているから、あの子が領収書をもってきても払っちゃダメだから」と経理の人に言っていたことがわかりました。

 

もちろん私のカメラは壊れていませんでしたし、そもそも旅先でカメラが壊れた場合は、携行品の保険をかけているので、カード会社に請求するのが普通です。だいいち、たった一時間ほどの外出で、オリンパスのカメラをどうやってスペイン人が直してくれるんでしょう……という突っ込みはさておき、

 

あまりにあまりの発想に、本当に頭が真っ白になってしまいました。

 

なので、「そこまでおっしゃるのなら出ていきます」と告げて、出てきました。

 

他のスタッフも庇うどころか、「あの子、プロのくせに案外使えないね」と言う人がいたり、「プロなのに保存メディアくらい買っておけばいいのに」と言ったりしていたそうです。
同室の80のおばあさんは庇ってくれましたが。

 

あ、プロの件に関して、あとで知りましたが、いつのまにか私をマスコミのクルーで、日本館の取材にやってきていて、記事を書いてマスコミに売る予定ということになっていました。何でそんなことになっているのかさっぱりわかりません(-_-;)

 

だから使えないと言われても、私、そんな予定ではなかったし、カメラも臨時で頼まれたわけですし、
確かにそこそこいいカメラはもっていますし、いいレンズももっていますし、保存用のカードもたくさんもってきていますが、それはあくまで、私の仕事用のもので、その分しかもってきていませんし、お祭りのために用意なんてしていませんでたし、それも言われていませんでした。
それに……カメラのこと……数日前に頼まれて、スペインですぐに調達できるものでもありません。

 

そんなわけで、私は早々に離脱しましたが、

 

そういえば、

 

その一日前に、
書道家の人にもそのころもトラブルがあり、EMS便で送った荷物が税関で止まって届かないという自体に陥っていました。

 

主催スタッフが関税を払えば済むだけの話でしたが、そのスペイン語の郵便局からの書類を読んでいなかったみたいで、

 

スタッフの人は「スペインに郵便で送るから、商売と間違えられて、箱を開けられて、高額の税金がかけられたのに決まっている。そんなことをする書道家の人が悪い」と言っていました。

 

私もそう聞きました。

 

確かにスペインにものを送るのは、微妙なので、私も担当さんには仕事のものは送らないでと頼んでいます。

 

でも聞いた話によると、スタッフの人が郵便で送れと言ったから、書道家の人は郵便で、さらには念のため、追跡調査ができる高額のほうで送ったそうです。

 

だから、「送ったのが問題と言われても、送れと言ったから送ったのに」という理屈になるわけです。

 

その件に関して、主催スタッフのAさんは、「あの書道家の人、自分が確固とした信念をもって送ると言っていたので、トラブルがあるかもしれないと思ったけど、私、書道家の人に言ってやらなかったの」と言ってました。

 

私、他の日本人スタッフに「それはちょっとないんじゃないんですか」と言ったら、日本人スタッフは「あの人に日本の感覚は通じないから」という返事。

 

あの……日本人とかそういう問題ではないと思うのですが……。

 

と、始まる前からトラブルがあり、

 

書道家の人が「送った荷物がないのなら、ステージでの書道パフォーマンスができない。何とか税関と交渉して欲しい」と言うと、

 

「スペインに郵便で荷物なんて送るから問題。それならもうこなくていいわ。そのへんで遊んでたらいいわと言っておいて」と私に言ってきました。

 

もちろん、私個人的に、わざわざボランティアできている書道家の人にそんなことを言うことができず、
主催者の人に「せっかくきてくださっているのですから、何とかなりませんか。もしスペイン語が必要なら取りに行くお手伝いしますから」とお願いしました。
あとで考えると、それも私が反感を買った原因の一つでした。

 

なぜなら、「一緒にとりにいくのなら、あなたも出ていきなさい」とそのときも言われていたのです……。

 

とりあえず二言目には出ていけ。

 

私……ついていけませんでした。

 

それがそのお祭りの常識だったら、私、それ以上、ボランティアなんてできないと思い、離脱しました。

 

一部、宿泊代を支払えと言われたので、それも払って。

 

それに耐えてまでがんばれるほど忍耐強くないですし……私の頭では理解できないことだらけでしたし……

 

そんなこんなで、びっくりのお祭でした。

 

他の国は、ビジネスでやっているのですが、日本館のスタッフはボランティア。だから問題が多発するのでしょうね。他の国がビジネスなら、ボランティアで対抗するのは無理があるとしみじみ実感したイベントでした。

 

 

 

 

 

その後、わかったのですが、

 

 

 

「出ていけ」と言っても、路頭に迷うし、お金もないだろうから、決して出ていかないはず、だから、出て行けと言えば、困って泣きつくか、謝るだろうと考えていたと、後日、お会いした折り紙担当のボランティアの方から聞きました。

 

 

 

要するに、私が頭を下げて謝って、あなたに従います、ホテルを出ていけと言われたら、私は無力です、なにもできません――という感じになるのを望んでいたのかなと思いました。現に他の方々は、そうだったというのも小耳に挟みましたし。

 

 

 

それなのに、私が本当に出ていってしまったので、Aさんは、そのあと、日本館のなかで、机をばんばん叩いて、会場中をぐるぐる走り回って、また机をばんばん叩いたりしていたみたいです。

 

出て行けと言われたのですから、出て行くしかないじゃないですか――という私の思考がスタッフの間では普通じゃないみたいな流れになっていたみたいですが、悪いことしていないのに謝りたくないし、たとえ路上で寝ることになっても、無実の罪で謝るのは耐えられないと思いました(^^;)。

 

 

 

 

 

 

 

机、ばんばん……その話を聞いただけでも、出て行ってよかった、怖い(>_<。)と思いましたが、あとで聞いたら、温厚な書道家ふたり組のおじさんまで、途中でぶち切れたみたいですよ。

 

日本だと数十万円する書道の書を、6ユーロでバナナのたたき売りのように売られてしまったとかで。書道の人は、値段ではなく、扱い、作品をきちんと紹介もしないで、入れ墨用の漢字のような扱いをされていることに、さすがに、どこが文化交流……という気持ちになったみいです。

 

 

 

そんなわけでびっくりの文化交流でした……。

 

あ、でも私は2日で離脱したので、その後、どのような交流になったのか、わかりませんので、上記のことがすべてだとは思わないでくださいね。ものすごくいい結果になったかもしれませんので。

 

ただ私が見たことと実際に聞いたことだけ……ちょっと驚きの展開だったので、書いてみました。

 

 

 

 

 

 

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2014年4月26日 (土)

風邪ひいてしまいました

バレンシアからバルセロナに移動してきましたが、風邪をひいてしまって……咳が出て、息をするのも苦しいです。
仕方ないので、観光はあきらめ、宿泊施設でずっと休んでいます。

 

スペインと言うと、まわりの人の多くが、サグラダファミリア、サグラダファミリアと口にするのもあり、十年ちょっとぶりにサグラダファミリアに行こうかなと思いましたが、やはり闘牛を排除する街(動物愛護が理由ではなく、カタロニアの独立のために、スペイン人から押しつけられた文化を排除したいという政治的理由です)とは相性が悪いのかも。

そういえば、前に、闘牛好きでもないのに、闘牛士に自分の描いた絵を売りたいからお友達の闘牛士を紹介してと頼んできた女性の画家さんもカタロニアの人でした。闘牛一度も見てないのに、絵だけ描いて、売りたいって?? となったことをふと思いだしてみたり。

 

私にとってバルセロナ&カタロニアは、そんなわけであまりよい印象はなく(笑)、心のなかであそこはスペインじゃないから……と思ってきたこともあり、渡航直前に、美容師さんや歯医者さんから「スペインといえば、サグラダファミリアですよね」と言われたときも、「……っ」と返事につまり、眉間に深々としわを刻んでむっとした顔をしてしまったのですが……。(サグラダファミリア好きの方、すみません。私もこの建築には少なからず興味はあるんですよ)

 

こちらがちゃんと街を愛していないので、街からも愛されていないのか、着いたとたん、死にそうなほど苦しい風邪にぜえぜえしています・笑

 

いや……これまでにない苦しさです。前回のパリでも、前々のベルリンやその前のクロアチアでも風邪に悩みましたが……息も苦しいのは初めて。ベッドでこのまま死ぬかもと思いました。

 

今は、熱がひいて少しよくなってきましたが……。

 

 

 

一応、宿泊施設のすぐ近くにあるカテドラルには行きましたが、カメラのバッテリーを充電するのを忘れていたため、写真ちょっとしか撮れませんでした。やはり……全体的にテンションが低いバルセロナ……でした・笑

 

 

 

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追記

 

そしてシャワーのお湯も出ませんでした。昨日は出たんですが……。お湯が出ないというのはよく耳にしましたが、私は……これまで一度もなかったのに。
やっぱりバルセロナ……相性悪いです・笑

 

 

 

 

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