時差ボケ?

帰国してから、睡眠障害と食欲不振と吐き気に襲われています(-_-;)
時差ボケみたいですね。
昨年も9月に帰国した後、時差ボケが治ったのは12月に風邪をひいて寝こんだあとなのですが、帰国後の睡眠障害レベルは今年のほうがひどいので、けっこう苦しみそうです(^^;)
今回もかなりハードだった上に、あちらの方の都合に振りまわされて、自分でうまくペース配分できなかったのが原因ですね。
 
あちらの方に振りまわされたというのは、
あるとき、スペイントップのマタドールの広報からメールがあり、私のことを取材させて欲しいという申し出があったのてす。
私は、そのマタドールさんの公認ファンクラブで、よく記事も書いていますし、多分、日本から闘牛を見に来ている女性がめずらしかったのでしょうね……だから申し込んできたのだと思います。
 
実際、これまでも何度かあちらのテレビ番組には出ていますし。
 
それで8月初旬にフランスでマスコミの人に会って打ち合わせをしました。
そこで、今までの闘牛観戦歴や闘牛に対する気持ちを書いてメールで送って欲しい、そのあと、具体的に取材させて欲しいので、8月○日にマドリードにきて欲しいと言われたのでした。
なので、真面目な日本人らしく、ちゃんと言われた原稿を書いてメールして、言われた日にマドリードに行きました。
 
ただ話をしてみたところ、何となく広報の人がちょっと私の思っていたイメージと違って、軽いというか……私の好きなマタドールさんの闘牛スタイルからかけ離れた雰囲気の人だったので、かなり不安はあったのですが、
不安は的中し、
どうもこれまでの私の闘牛観戦歴がハード過ぎたみたいで、
「闘牛大好き、日本から来ましたー。感動しています」みたいな原稿でなかったことに困惑されているみたいで、
さらに、本名NG、動画での顔出しも微妙と言ったことにも困ってしまったみたいで、
その上、そのマタドールの今年の調子が全く良くなくて、
そんなときに「日本からきた女性」を紹介している場合ではなくなってきて、
それをちゃんと言えばいいのに、ちゃんと言ってくれないので、
かなり振りまわされてしまって……疲れ果てました。
スペイン人相手なので、まあ、こんなものでも仕方ないとは思うのですが。
 
それとは別に、私が撮った写真は、あいかわらず、しょっちゅう、公認ファンクラブで使用されていますし、原稿も書く予定がありますし、そちらの担当さんはしっかりしているので、私はそれでいいやという気持ちです。
 
それに……
私自身は、自分が取材されるより、やはりいい闘牛を観て、そこから自分がインスパイアされることのほうが大事なので。
 
動画にしたいから、そこで顔出ししてお話ししろと言われたときは……本当にどうしようかすごく悩んで、それでも好きなマタドールのお役に立てるのならという気持ちで、打ち合わせしたのですよね。
でも今年の成績では、そんなことしたら、いまいち浮かれた感じで、印象良くないと思っていたので、私の取材が中途半端な感じで終わってよかった気がします。
本当にそんなときに、私……絶対に動画になんて出たくないんで。
 
命をかけているので、闘牛を観るのは本当に気を遣うのです。
彼ら、ものすごく縁起をかついでいます。
例えば、黄色の服を着て応援にいかないのも大事なことですし、
黄色の花を投げないというのも大事。
それから、たとえば、闘牛の前に私の顔を見て、その日の闘牛が悪かったということになったら、私は、悪い運の女ということになってしまいます。
なので、闘牛の前には絶対に会わないようにしています。反対に、それで闘牛が良くて、良い運の女になる可能性もありますが、悪い運の女になったときは、本当にマジで最悪なので、そんな恐ろしいことはしないよう心がけています。
とにかく、本人は、命をかけてその現場にきていて、もちろん、闘う相手(牛)も命がかかっている現場なので、非常にデリケートなのですよ。
 
そのあたりのことを考えると、調子の悪いときにインタビューを受けてしまうと、調子の悪いときと私のイメージが重なってしまうので、できたらそういう時期は避けたいと思っていたのですよね。
 
なにせ、私の応援しているマタドールさん、かなり気むずかしくて、愛想も悪く、六年前、たまたま目の前にいたのでサインをくれと言ったときは、サインしたブロマイドを投げつけられたし(トラウマになっているので、サインは絶対に求めませんw)、しょっちゅう無視されるし、わざわざ私のところにきて肩を突き飛ばされたこともありますし……。
 
でもそれは集中しているからであって、反対に私に親切にして、命を落とされたり、悪い闘牛になるほうがイヤなので。
実際に、その前に仲良くしていた闘牛士VBさんは、まわりに気を遣い過ぎる優しい性質だったため、まわりに振りまわされて、ものすごい勢いでトップから転落していきました。
映画「血と砂」に出てくる主人公みたいな人はいっぱいいます。VBさんもそのタイプ。
1997年に知りあったあと、この人、こんなに人が良くて、こんなに家族や親戚や友人に振りまわされていたら、絶対に転落すると1998年の時点で危惧し、1999年、2000年あたりから見るのがしんどくなってきていたのですが、案の定、2002年くらいから大変なことになって。
当時は、ご家族とも仲良くしていたので、本当にそれを目の当たりにしてしまいました。
お相撲でいえば、大関クラスだったのに、一気に序二段に下がるくらいな感じで。
 
だから、今の彼にはそんなことにはなって欲しくないのです。
ちなみに今の人は、横綱クラスです。今のところ、両親には振りまわされていません。それどころか、かつて自分を捨てた父親が、今ごろ現れたところで、完全、ガン無視しています(^^;)。なのに、父親は、息子のファンクラブに入って、ファンの人たちと一緒に息子の闘牛を観ています。
かなりのイケメンですが、調子のいいおじさんです。優しくてふんわりした感じ。息子に無視されても闘牛場にやってきて、応援しているところが何か憎めないのですが。
 
この、今、応援している彼の闘牛スタイルは、私の作品でいえば「裸のマタドール」のレジェスに一番近いのではないかと思います。性格や人間的なタイプは違いますが。
そういえば、朝南先生にお渡しした資料のなかにいろんな闘牛士のものがあったのですが、先生、このマタドールを一番気に入っていらしたので、ああ、好みが一緒なのだととても嬉しくなったことを今でもよく思いだします。私はこの人が好きだと伝えていなかったので。
 
そんな感じで、スペインでちょっとうまく自分のペースで過ごせなかったせいか、年のせいか、今年も時差ボケに苦しんでいます。
昨年は昨年で、元闘牛士の下山さんのカーナビの件や、Palenciaの駅での野宿事件等、やはりペースが乱れることがあったので、帰国後しんどかったのかも。
 
それでも、今回の旅行では、インタビューを受けたら言おうと思っていたことを、結局、直接、本人に言いましたし、彼が十代でデビューした当時からずっと側にいる信頼できる付き人二人(衣装係と道具係)からもすごく親切にしてもいただいたので、私にとってはそっちのほうがよかったです。
昨年からスタッフに加わった広報担当者さんよりは、ずっとご本人や付き人さんと通じ合えたほうがいいですからね。
ある雑誌で書く闘牛関連の原稿にじかにお名前を使ってもいいことご本人から許可もらいましたし、商業関連での写真の使用も許可して頂きましたし、私の姿を闘牛場で見つけるのも楽しみになっているというお言葉ももらっていまし、いろんなSNSでコンタクトも取れていますし、私、感謝と喜びの気持ちでいっぱいです。
それに最後の最後で、彼の闘牛もよくなってきたので。
昨年はなかったのに、今年になってちょっとマズい癖がついていたのですが、一番最後に観に行ったときの闘牛で、彼、その癖を克服したのですよ。
これは誰かに言われて直せる癖ではなくて、自分が闘牛場で牛の前に行って初めて直せる癖なので、どうなるのか、もう駄目なのかと心配していましたが、それを克服したとわかったときの喜びはとてつもないものでした。
 
最後の最後の闘牛の、それも後半で、ようやく……。
ああ、よかった。これでもう大丈夫だ……というような気持ちになりました。
なので、そうしたことを励みに早く時差ボケを治して、いろんな感動を仕事に生かしていきたいです。
 
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渡欧します

8月3日から南フランスとスペインに行ってきます。
いつもより短めです。お盆が過ぎたころに戻る予定。
いろいろ物騒なご時世なので、Twitterで生存報告兼旅行写真等、アップしてい予定なので、よかったら見てくださいね。
あ、でも、仕事が終わっていないので、あちらでの用事がないときはホテルで仕事をする予定です。なのであまり観光はしないかも。
今回のメインは、あちらでの取材。何と私がされてしまうのです(^^;)
もちろん、私も取材してきます。
ではでは。
 

2016年旅の予定

今年は秋に予定していた旅行を、急遽、5月末に早めました。
というのも、10月に名古屋に住んでいる弟夫婦に子供が生まれる予定だったので、何かあったとき、母が手伝いに行ったとしても、ワンコの世話を私ができるようにと思いまして。念のために。
弟の奥さんには女性の家族が身近にいないし、実家は遠いし……。
※リア充、アウトドア、アクティブ、読書はしない、趣味は、トライブ、国内世界遺産巡りと登山と焼き肉という夫婦なので、腐女子、オタク、出不精、趣味は、闘牛バレエ鑑賞、人のいない美術館巡りと海外辺境一人旅という私とは気が合わず……ふだんはまったくの疎遠状態ですが。
 
残念ながら、いろいろありまして、初の甥か姪の誕生がなくなってしまったのですが、もう航空券も購入しましたし、闘牛のチケットやなにやらすべて準備してしまいましたので。
秋だったらマイレージを使って、ちょっと楽してビジネスクラスで行けたのですが、今回は、数百マイル足りず、格安航空券を購入。しんどくならないよう気をつけなければ……と思ってます。
で、今年の予定は、急に変更したので短めです。
昨年一昨年はTwitterでリアルタイムの生存報告をしていましたが、
Twitterをさかのぼるのがどうにも重くて、それだけでものすごく時間をとってしまうもあり、
しばらく商業の告知アカウント兼リプといった使い方にして、日常的には放置しようと考えているので、もしかすると、ブログでの生存報告になるかもしれません。
リプはさかのぼらなくてもできますので、遠慮せず話しかけてくださいね。
 
旅行中は、万が一、事件や事故があったときのことを考え、最低でも、どのあたりにいて、どんな感じで過ごしているのか、Twitterかブログに足跡を残しておいたほうがいいと思いましてやっているのですが……どちらで報告するかは未定です。
出発しましたら、やりやすいほうで生存報告すると思いますのでよろしくお願いします。
一応、ブログに書くとしたら、こちらで
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スケートの思い出

ずっとひとつのことを続けていると、急に上手になることがありますが、昨年あたりから声楽の調子がよくなって、
それまで出なかった高い音が、二音、三音……と一気に出るようになってびっくりしています。
しっかり基礎をやっていると、あるとき、壁を越えたら、急にぱっとできることってあるんですよね。
こればかりは自分でもよくわからなくてとても不思議なことなのですが。
スケートやバレエを習っていたときもそうでした。
 
あるときまで、全くできなかったものが、ちょっとしたきっかけひとつで急にできるようになって、一瞬で、二段階も三段階も上に行けるときがある。
それもこれもそれまでの基礎をしっかりやっているかどうかで決まってくると思うのですが、
スケートでも、
私は、そこまで真剣にやっていないので、3回転は飛べませんでしたが、
トゥループジャンプと、ループジャンプとフリップジャンプが得意でした。
特に、ループジャンプはすごく得意で、一度も転ばずにマスターしましたが、
それよりもずっと簡単だと言われていたサルコウジャンプが苦手で、どんなに練習してもへっぴり腰になってしまってなかなか綺麗な形でマスターできませんでした。
サルコウよりも難しいといわれていたフリップジャンプ(当時、トウ・サルコウとも呼ばれていました)は、あっさりとマスターでき、
なおかつ、先生から、とっても綺麗な形で飛んでいると誉められまくり。
なのにサルコウはできない。
つまり左足だけで踏み切るエッジ系のジャンプがとても苦手だったのです。
ということで、同じく左足だけで踏み切るアクセルジャンプも苦手でした。
地上ではけっこう綺麗にできるのに、氷の上になると、踏みきりがなかなかうまくいかなくて。
そうこうしているうちに、1回転半のアクセルジャンプが飛べないのに、右足を軸にした2回転のトゥループジャンプは一度も転ばずにマスターできたりして……。しかもコンビネーションで。
要するに右足が強かったのですね。
フリップと似てはいたものの、左足のアウトラインにずっと乗って後ろに進んでいくルッツも苦手で、なかなか上手にできませんでした。
 
それでもあるとき急にできるようになったりするもので、一回できると次々とマスターしてしまう。
それは本当に基礎がしっかりしてないと駄目なので……いろいろと基礎をがんばったり、陸上で何度も何度も踏みきりのタイミングの練習をしたりした賜だと思っています。
時々、目がまわって具合が悪くなってぶっ倒れたこともありました(^^;)
あと、転んで壁に激突とか。
 
お稽古事の範疇とはいえ、けっこうがんばってたんだな……と、最近、スケートものを書きながらいろいろと振り返っていました。
 
まあ、スケートの技術について、賛否両論いろいろとあるかもしれませんが、私は、技術というのは、あるとき、急に何段階もうまくなったり、急にできなくなったりいろいろとあるというふうに思っているので、今回は私の信じたとおりに書きました。
急に変わるといえば、宇野昌磨選手もそうですよね。何年も3回転半が飛べなかったのに、先に4回転が飛べるようになってからは次々と。
彼は3回転半がマスターできるまで、基礎をしっかりやっていたので、身体がすでにそれができるところまでに至ってたのですよね。
友達が彼のホームリンクだった大須のスケートリンク事情に詳しいので、彼のことは本当に小さなころから話を聞いていたので、今、大活躍している姿に感動しています。
宮原選手のコーチの田村コーチも、現役の時代からよく見ていましたが、3回転半がなかなかできなくて、でも4回転は何度も成功されていたのですよね。
田村コーチのホームリンクだった仙台のリンクも、従妹が仙台にいるので覗きに行ったことがあります。もう十七、八年前のことなので、残念ながら羽生選手はいないころですね(^^;)。
 
と余談はさておき、人それぞれ、得手不得手があって、いろんな形でいろんなものをマスターしていくので、私の書いたスケートの考えた方と違う意見の方もいらっしゃると思いますが、まあ、一生に一度、書くか書かないかだと思っていたので、一番自分の考えていることに近い形にしました。
スケートは、1980年から、物心ついたころからずっと見ています。五十嵐文男さんが表紙になった「銀盤」とか、佐野さんが表紙になった本も今もまだあります。
昔は今ほどテレビでやってくれなくて、新聞の切り抜きを一生懸命集めたり、真夜中に起きて深夜の放送を見たり、とにかく必死になって情報を集めていました。
それが少しずつ世間で認知されてきて、とっても嬉しくなってきていたのですが、だんだんチケットがとりにくくなり、情報も氾濫してきて、今回、見る側ではなく、書く側として改めてスケートについて考え、なにをどう書いていいのか本当に悩みました。
スケートもの、読む人がいないだろうと思っていたので、編集さんからリクエスト頂いたあと、最初は雑誌だけの冒険、雑誌ならではの挑戦だと思って書きました。
ところが、思っていた以上にアンケート評判がよくて文庫化になり、私は本当にびっくりしました。
内容をどうしようかここでも悩みましたが、大きく変えるのはやめて雑誌のときと同じような流れにしました。それがよかったのか悪かったのか私にはわかりませんが、雑誌だけだと思っていたものが形になったことには本当に感謝しています。
これからはまた見る側にもどり、まったり楽しんでいきたいと思います。
右膝の靱帯を二本切っているので、スケートはできないのですが、それでも多分両足着氷なら1回転ジャンプとか、スパイラルとか簡単なスピンくらいならできますよ(^^;)
 
 
ということで、発売記念に、ちょっと思い出話を……。
 
少しでも楽しんで頂けたらうれしいです。
◆追記
昨年、そういえば、海外から帰国する飛行機で、上記に記したコーチとターンテーブルで隣になり、ドキドキしたことがありました。あまりにかっこよくて。
 
 
 

五月末、少しだけ渡欧します

恒例のスペイン詣で、今年は五月末から三週間ほどです。
家の改築もするので、自宅にいないほうがいいみたいで。
昨年、チェコ、ドイツに行ったあと、南フランス、スペイン……とまわって、一昨年は、スペインと南フランス……。見たいものは見たし、面白い経験もしたし、友人にも会い、新しい出会いもあり、取材もでき、とても良い旅ではあったけれど、何か一つ、物足りないものを感じていました。一人旅なのに、友人が多くて、一人ではないような不思議な旅。何度も行っている場所なので始めての緊張も感動も少ない。そして何故か静かに過ごす時間が足りなくて、いつも脳内が騒がしい感じ。
例えば何年か前、手術をしてすぐに大寒波のベルリンに飛んだときに得たアレ(笑)や、いきなり同窓会があって顔を出した帰りに交通費を貰ったことでそのまま勢いでイタリアを周遊したときのようなアレ(笑)が足りない。 ここでいう「アレ(笑)」とは創作意欲のような、内側からだーっと湧き起こる何かのことなんですが……うーん、あまりうまく説明できません。ただベルリンにいる間は、知らず知らず某作品の一言一句頭の中で組み立てながら過ごしていたし、ヴェネツィアにいたときも某作品の光景や音を考えて過ごしていたし、サラエボにいたときも某作品のことしか考えていなかった気がします。つまり自分ひとり、自分の脳内だけに集中する時間が最近の旅では得られていなかったのが、帰国したあと、なにか足りない気がしていた原因かも……と思いました。
それに、ネットが発達し、なにもかもが日本にいる間に予約ができ、むしろ予約しないと現地でとんでもなく困った事態になり、自分も旅に慣れ、便利になったのは良いことではあるけれど、よりいっそうアレ(笑)が足りない飢餓感に襲われる。
今年の旅は、最初、スペインにいる間、闘牛と闘牛の合間の何もない八日間、マドリードのアパートで仕事をしながら友人たちと会うことにしようと漠然と考えていましたが、友達はFBでも連絡とっているし、昨年も会っているし、ごめんなさいということで、ずっと以前から行きたかった国に思い切って行くことにしました。アレ(笑)が得られるのかどうかはわからないけれど、少なくとも、今の段階でそれに似たわくわくを感じています。
欧州の治安、自分の体力と肩の怪我、家族の状態、ワンコの病気等々、少しめまぐるしい状態なので、気楽に昔のようにほいほい行くことはできない代わりに、だからこそ飢餓感のままに冒険しようかなと思いました。良い旅になると嬉しいです。